Michi — なぜ、つくったのか

Michi — なぜ、つくったのか

この数年、業界はひとつのアイデアに全力を注いできました。

「もっと」。

もっとクッションを。
もっとフォームを。
もっとロッカーを。

そして足し算を重ねるほど、感じられるものは減っていきました。

それが、どうしても腑に落ちなかった。

動きは、靴に外注するものではないからです。
身体が、すでにやり方を知っているものだからです。

足は、働くようにできています。安定させ、感じ取り、適応するように。
そして足がそう働くとき、動きはただ機能的になるだけでなく、心地よくなる。

それが、Michiの出発点でした。

「どうすれば、もっと足せるか?」ではなく、
「本当に必要なものは、何か?」

ゴールはシンプルでした。
履いていることを忘れる靴を、つくること。

消えてしまうほど、軽く。
身体と一緒に動けるほど、柔軟に。
何も場所を取り合わなくていいように、足のかたちのままに。

機能を正しく整えたら、そこから先はすべて「抑制」の仕事でした。

私は日本で多くの時間を過ごしてきました。いつも心に残っていたのは、シンプルさの規律です。何かを取り除くことは、足すことよりも難しい——という考え方。

そのマインドセットが、Michiをかたちづくりました。

すべてのライン。すべての素材。すべてのディテール。
目的を果たさないものは、残さない。

驚いたのは、その先に起きたことです。

地面に近く、無理なく安定するこの靴で、人々はただ走るだけではありませんでした。トレーニングをして、ウェイトを挙げて、一日中履いていたのです。

場面ごとに、別のものになる必要はなかった。
ただ、働けばよかった。

そして、ディテールを磨きました。

肝心なところに、グリップを。
軽さと構造を両立する、通気性のよいダブルメッシュを。
あなたと地面のあいだに何をどれだけ挟むかを選べる、取り外し式のインソールを。

派手なものは、何もありません。不要なものも、何も。
思慮深い判断だけを、何度も何度も、積み重ねました。

たどり着いたのは、まさに目指していた場所です。

いちばんクッションが厚いわけでもない。
いちばんミニマルなわけでもない。

ちょうど、いい。

やるべきことをやったら、あとは静かに身を引く。そんな靴です。

— Cedric Scotto
Notace

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